よし。
苗木調達先に直接訪問し、最終調整、確認完了。(実際に顔を合わせて行う事が大切だと私は考えている。)
融資実行の目処もついた。
後は実行後に実際に入金、入金確認依頼、確認後受け取り、定植までスムーズに行えるよう、段取りを組むのみ。
、、、思えば苗の仕入れ先のご夫婦とは不思議な出逢いがきっかけだった。
ある日私が農協の品物をチェックしていて、狭い苗木コーナーで一番奥の片隅に一際目を引く一本の立派な苗が。
しばらく私は、固唾を飲んでまじまじと見つめていた。
「これはすぐにでも良い実がなるぞ」と根拠の無い確信だけがあった。
その時はまだ暑い時期で、額から流れる汗なんてどうでも良かった。気にしている余裕なんて無かった。汗でびっしょりになっていた事に気付いたのは帰りに車に乗り込んだ後だった。
只々、目の前のこの一本の立派な苗の何がそんなに自分の心に響いているのか、何を問いかけているのかが気になって仕方がなかったのだ。
しかし結局理由は分からないまま、その場でその苗を持ち帰る事を固く決心した。今ここで購入しなければならないという、使命感とも強迫観念とも言うべき何とも言い表しにくい感覚に私は襲われていた。
「I want you」
でも
「I need you」
でも無く、それは正に
「I love you」
のそれだったのだ。
君が欲しいのだ。
君が必要なのだ。
いいや、そんなもんじゃない。
もう、君を愛してしまったのだ。
「新芽」よりも先に、遥かに大きなエネルギーで「愛」がそこに芽生えてしまったのだ。
もう立ち止まれない。
もう後戻りは出来ない。
そう、「No way back」なのだ。
崖っぷちなのだ。
そんな汗だくで一人、植物に求愛している変態がしばらくして立ち上がる。
しかし、
「、、、?値札が無い、、!」
「もしや、先約があったのか?」
「売却済みなのか?」
「はたまた、売り物では無いのか?」
「私のこの気持ちはどうなるのか?どこへ向かうのか?」
そんな事が額から流れる汗よりも速く、頭の中を瞬時に巡った。
もう、完全に取り乱していた。
今思えばその取り乱し具合には誰も目も当てられ無かった事だろう。取り乱し散らかしきっていた。
イタイ奴なんてもんじゃ無い。
完全に「ヤヴァイ奴」がそこにいた。
なりふり構わずとは正にこの事、血眼になって、必死に店員さんを探した。
すると、そこのコーナーの植物達に水をやっている一人の女性がいた。
「管理をしているのだから、店員さんか?」
この時の思考回路の速度は額の汗の流れる速度より確実に遅かったと思う。今思えばきっと、その女性の醸し出しているおおらかな、優しく包み込む様な雰囲気に心が知らぬ間になだめられていたのだろう。
「すみません!あの子(苗)がどうしても欲しいんです!」
「え!?あぁ、ありがとうございます!あれは私の苗でございまして、、、。いつもは違う場所(外)に置いているのですが、今日は何故かここに置いてしまって。。。」
そう、たまたまその日、たまたまその場所で、たまたま訳も分からずそこに苗を置き、たまたまその日そこの管理当番だった女性の自慢の苗だったのだ。
全てが繋がった瞬間だった。
もちろんその子(苗)は、その時たまたま値札が無くなってしまっていただけであって(私の様に値札が無いと売り物ではないのか?と諦めてしまった方がいたかも知れないが、今では知る由も無い)有無を言わさず購入した。
その後日、是非苗畑に来てくれとお招き頂き、旦那様(70代後半?)とご夫婦二人総出で出迎えてくれた。
もう、そこはパラダイス。
私の欲しい苗達が予想の斜め上をいくクオリティで何本も植わっているのだ。輝いているのだ。よく聞くと、ここには全国から目利きのバイヤーなどが直接仕入れに来るらしいのだ。そりゃそうだ。こんな苗見たことないもの。
ご夫婦には、こういう経緯で熱海で農業を始め、こういう経緯で苗を探しており、、、。今までの経緯を全て話し、苗との運命的な出逢いも話し、非常に興味深く話を聞いてくれた。そして、とても応援してくれた。お二人からすると私は年齢的に孫くらいの歳になる。とても可愛がってくれている。
時には予定通り進まない手続きを心配して夜遅くに電話をくれたり、古くからの知り合いのつてで私の計画に難色を示すお偉い様方に説教をしてくれたり、個人的に年賀状を送りあったり。
感謝してもしきれないとはこの事だ。
私も今ではこのお二人を本当の祖父、祖母の様に心より慕っている。
「毎年、毎年、この仕事もう辞めよう、もう辞めようと言いながらもなかなか辞められなくてね。」と奥さんがこぼす。照れ臭そうに旦那さんが笑う。
「私がしっかりとひとり立ち出来るまでは、また、あなた達から譲り受けた苗達がこの先立派に育ち、立派な実を付けてお客様に喜んでもらえる様になるまでは、続けていて下さいよ!じゃないと結果の報告が出来ないじゃないですか!」と、話している。
今も、そしてこれからも、私はそのご夫婦から苗を優先的に仕入れるつもりだ。
そんな、話すと長いストーリーがありましたとさ。