投稿に幾度となく登場する(恐らくこれからもずっと笑)雑草に紛れたボロボロの布切れ。
かつて雑草防止の為に敷いた古カーペットすらも突き破って木が生えてんのよ。
『突き破って』という表現は少し違うかな。
メカニズムは至って簡単。
カーペットの上に年々堆積した腐植が土となり、そこに雑草の種が落ち、発芽。
発芽したはいいが、植物も生きなければならないので、根を伸ばす為に下へ、下へと根を伸ばす。
しかし、そこにはカーペットが。
完全にカーペットに覆われ、地面にまで到達出来ない場合は、それでも生きなければならないので、表面にびっしりと横に根を展開する。臨機応変に文句一つも言わずに対応するその様は、まるであたかもそうプログラムされていたかのよう。
いや、そもそもそんな事は彼らにとっては問題にすらならない小さな事なのかもしれない。
見るに、下から突き破ったのではないと見える。
まだ細い根のうちに、荒い目のカーペットの間をすり抜け地面に到達し、そこから年々根を太らせた格好だ。
すると、このようにスッポリとジャストサイズでカーペットの間から飛び出ているように見える訳だ。
面白いよね。
毎度植物からは多くを学ばせてもらっているが、この植物からは『自ら選べない環境下でも、涼しい顔して手段を選ばずベストを尽くすのみ』という事を学んだ。
自分の咲ける、根を張れる環境を選べるだけ人間は贅沢かもね。
しかし、選べるからこそ迷うのかもね。
私は選べない、迷っている暇も無いだけに、突き進むしかないので、そういう意味では人生的には贅沢なのかもしれないと最近感じている。
こんな姿は、元果樹園の耕作放棄地あるあるでもう慣れたよね。
ただ、予想していないと作業効率が一気に下がるからホネが折れる。
今後は元果樹園、かつ、生き絶えた切株が残っている場合の運用法も考慮に入れて考える必要がありそうだ。
果樹園としての運用か、畑としての転用か、畑としてならそれなりの労力とコストをかけるほどのメリットがあるかなどだ。
それに見合う作物、売り先を確保出来るかの出口までの想定が必要だ。
現場は泥臭いよ。
頭の使い方次第で、何とでも出来るという自由さはかなり魅力的だよね。
使える頭があればだけどね。